今日は何の日 1908年:宣統帝・溥儀が即位1908年12月2日、愛新覚羅溥儀(あいしんかくら・ふぎ)が清朝第12代皇帝「宣統帝」として即位した。
清朝の「ラスト・エンペラー」として知られる愛新覚羅溥儀(1906−1967年)は、第11代皇帝・光緒帝の弟である醇親王の子として北京で生まれた。
光緒帝には子がなかったため、08年11月13日、清朝の実権を握っていた西太后の命により、3歳の溥儀が紫禁城に上り、帝王教育を受けることになった。その直後の14日に光緒帝が死去、翌15日には西太后も亡くなった。
即位後は、父の醇親王が摂政となって実権を握り、幼い皇帝は宦官らに囲まれて紫禁城(現・故宮博物院)で暮らした。1911年に辛亥革命が勃発し、翌年に中華民国が成立すると、革命派と取引した袁世凱によって退位させられた。ただし、袁世凱と交わした「清帝退位優待条件」に基づいて、引き続き大清皇帝と称し、紫禁城で生活することが許された。
写真は晩年の溥儀。溥儀は清朝皇帝時代に皇后と側室をそれぞれ1人ずつ、満州国皇帝時代には側室2人を迎えたが、いずれも死別、離婚した。写真の女性は1962年結婚し生涯添いとげた李淑賢夫人。(編集担当:梅本可奈子・如月隼人)
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