元中国人妻を持ちながら中国語が喋れない愚かな管理人ですが、妻の協力を得て中国に関することを中心に紹介して行こうと思ってます。

ようこそチャイな話へ

いらっしゃいませ!

最近はというかずっとサボっておりました。サボっていたのはやはりネタがないと言うのが最大の原因です。もう一つは面倒これですね^^:

しかしまあ毎日とは行きませんが、週に2つくらい記事が書ければいいなという楽な気持ちならまた、ネタにあまり困らないニュースを中心に書いていくと続くと思いますので、今後ともよろしくお願いします。

ニュースと言えばうちの嫁さんは「日本人」になりました^^そう帰化を致しました。昔は申請後1年から1年半かかっていたようですが?
私たちの場合は半年で認可されました。随分と早くなりました。書類もわりと簡単でしたよ。


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その他 | トラックバック(0) | 2010/02/04(Thu) 09:08:59

大雪「春節」不満も積もった?

中国では間もなく春節(7日)ですが、先月から中西部や南部を襲った約50年ぶりの大雪で、高速道路は寸断され、鉄道網もまひ状態のため、多くの人が帰省できずにイライラしているようです。

春節は、旧暦の正月を家族とともに盛大に祝う中国では1年で最大の祭りですよね。たぶんこの日を楽しみに出稼ぎに来ている人たちばかりだと思うので何となく気持ちはわかりますね。

今は胡錦濤(こきんとう)政権は対策に軍や警察計約60万人を投入するなど、社会不安を引き起こさないよう躍起だそうです。


何か東京も雪がすごいのでしょうか?青梅マラソンが中止になったと報道していましたね。こちら和歌山市は寒いけどまだ雪は見ていません。

雪が積もると自動車もそうですが、自転車も怖いですよね。こんな日は、家でポータブルDVDで映画を見て、温かい野菜スープでも飲みますか。
太ったら足やせエステでも行ってください^^
ニュース | トラックバック(0) | 2008/02/05(Tue) 09:07:06

毒ギョーザ被害1692人

お久しぶりです。久しぶりに来てイヤな事件ですが、書いておかないといけません。

中国産冷凍ギョーザなどが原因と疑われる健康被害を訴えている人は厚生労働省の2日午後3時時点のまとめだと全国で1692人になったそうでまだまだ増えそうです。

しかし宇都宮は被害がなかったそうで、理由は総務省の家計調査(平成17年)によると、1世帯あたりのギョーザ年間支出額は宇都宮市が日本一なんだそうです。それだけに、厚労省幹部らの間では「地元のギョーザがおいしいから、中国製冷凍ギョーザは食べないのではないか?」「地元の人が誇りを汚したくないから被害を訴えないのでは?」といった憶測が飛び交っているようです。

宇都宮に名刺を持って行こうかな?関係ないか。。。
その他 | トラックバック(0) | 2008/02/04(Mon) 08:33:50

今日は何の日

今日は何の日 1908年:宣統帝・溥儀が即位

1908年12月2日、愛新覚羅溥儀(あいしんかくら・ふぎ)が清朝第12代皇帝「宣統帝」として即位した。
 
 清朝の「ラスト・エンペラー」として知られる愛新覚羅溥儀(1906−1967年)は、第11代皇帝・光緒帝の弟である醇親王の子として北京で生まれた。

 光緒帝には子がなかったため、08年11月13日、清朝の実権を握っていた西太后の命により、3歳の溥儀が紫禁城に上り、帝王教育を受けることになった。その直後の14日に光緒帝が死去、翌15日には西太后も亡くなった。

 即位後は、父の醇親王が摂政となって実権を握り、幼い皇帝は宦官らに囲まれて紫禁城(現・故宮博物院)で暮らした。1911年に辛亥革命が勃発し、翌年に中華民国が成立すると、革命派と取引した袁世凱によって退位させられた。ただし、袁世凱と交わした「清帝退位優待条件」に基づいて、引き続き大清皇帝と称し、紫禁城で生活することが許された。

 写真は晩年の溥儀。溥儀は清朝皇帝時代に皇后と側室をそれぞれ1人ずつ、満州国皇帝時代には側室2人を迎えたが、いずれも死別、離婚した。写真の女性は1962年結婚し生涯添いとげた李淑賢夫人。(編集担当:梅本可奈子・如月隼人)

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20071202-00000001-scn-cn
その他 | 2007/12/02(Sun) 14:25:22

今日は何の日

大変お久しぶりです。
たまには記事でもとやってきました^^
って、ニュース記事のコピペですけど・・・

さて、今日は何の日 1927年:蒋介石と宋美齢が結婚

 1927年12月1日、蒋介石と宋美齢の結婚式が上海で行われた。

 宋美齢(1899−2003年、生年については諸説あり)は上海市の資産家で孫文の革命運動を支援した宋嘉樹の三女で、姉の宋靄齢、孫文の妻である宋慶齢と共に「宋家三姉妹」として知られる。1910年に米国に渡り、17年に名門女子大学のウェルズリー大学を首席で卒業した。20年に帰国してキリスト教の活動に参加し、後に蒋介石と知り合った。

 12月1日の午後3時から、宋家の客間でキリスト教式の婚礼が行われた。ただし、蒋介石に結婚歴があったため牧師は司式を拒否。聖職者でない中華キリスト教青年会全国協会総幹事の前で、2人は誓いの言葉を述べ指輪を交換した。

 午後4時過ぎからは、中国式の婚礼が上海大華飯店のダンスホールで盛大に行われた。会場には孫文の遺影と国旗、党旗が掲げられた。

 音楽隊がメンデルスゾーン作曲の「夏の夜の夢」中の結婚行進曲を演奏し、正装の蒋介石に続いて、銀色のチャイナ・ドレスをまとった宋美齢が兄の宋子文に手を引かれて入場。出席者全員が孫文の遺影に対し三回続けて敬礼した後、立会人の蔡元培が証書を読み上げた。出席者は、日本、米国、ベルギーなど各国の総領事を含め、1300人に上った。

 当日、蒋介石は新聞に「我々の今日」と題する文章を寄せ、「最愛の伴侶を得たことで今後は革命活動に専念できるだろう」と述べている。

 蒋介石夫妻の新居は上海拉都路311号。ハネムーン先は米国だった。(編集担当:梅本可奈子・如月隼人)

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20071201-00000001-scn-cn
その他 | 2007/12/01(Sat) 18:09:34

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